恒例の、カミさんの叔父の果樹園の草刈り。
例年いつも草が伸び切ってからの草刈りで大変なので、今年はちょっと早めに動いてみた。
退院して2週間ちょい。まあまあ身体は動く。順調。
写真上が Before 。下が After 。
タイトル「セーラー服と機関銃」はなぞかけ。
こういうのの答えを書いちゃうのはシャレの解説みたいで流儀的に好まないんだけど、なぞかけの答えを知りたければ more をポチっとな。

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# by mimizu-clone | 2018-04-23 22:18 | Comments(4)

高校生の頃、泉谷しげるの「ひねくれ子守歌」が好きだった。
♪ 誰が頼んだわけじゃない 誰が望んだわけじゃない
ただこうなっただけさ ただこうなっただけさ
生まれたくて生まれてきたんじゃない 産み落とされたその始末に
涙なんかでごまかされるか 涙なんかでごまかされるか ♪

僕の家出の背中を押したのは、この歌と、吉田拓郎の「まにあうかもしれない」だった。

生まれたくて生まれてきたわけじゃない。
この世に生を受けることを望んだわけじゃないし、ましてや頼んだわけでもない。
そんなふうに、ずっと思っていた。
十年前まで、いや、五年前くらいまでそうだった気がする。
でも、最近思う。
はたしてそうなんだろうか?と。
望んだことを憶えてないだけなんじゃないか?と。

言ってることが非科学的すぎて、小学生にさえ笑われるか。
でも、例えば僕が精子だった時、もしかしたら僕は意思を持っていたかもしれない。
卵子に向かって泳ぎ続けた理由は、「生きたい!」と願ったからじゃないか?
ただ、それは、その時点では、名前のついていない感情だったろう。
いや、もしかしたら精子の時には精子の言語があったかもしれない。
それが卵子にたどり着いて、卵子語を学んだ時に別の言語に置き換わったのかもしれない。
さらに、この世に生まれ出て、この世の言語を学ぶ中で、それまでのことを忘れていったのかもしれない。
例えば日本で生まれたけれどもろくすっぽ日本語を覚える前に外国に住むことを余儀なくされた子どもは、日本語も、日本のことも忘れてしまうはずだ。
生粋の〇〇人なんてものは存在せず、何世代もさかのぼっていけばルーツは全然違った人種だったりするかもしれないように。

言葉にしなければ記憶できないものがあるように思う。
感覚というものは、無意識化で言語化されているのだろう。
だから、言語化されることのなかったそれは、忘れられる仕組みではないか。
僕らは、そんなふうにして今を生きている。
忘れてしまうのは、今より一秒でも先には希望があると信じるからだ。
期待しては落胆することのくり返しかもしれないが、それが生きるということだと思う。

そう、忘れてしまっているだけで、僕は、生まれてきたいと願ったんじゃないか?
もしかすると、そういう「魂」とでも言えばいいのかどうか、、、は空気中に浮遊し、親を選ぶことさえできるのかもしれない。
しょーもないファンタジーと笑えばいい。
けれども、生まれたくて生まれてきたわけじゃないと考えるより、自分の意志で生まれてきたんだと考える方が僕にはしっくりくる。
だって、僕の座右の銘は「自己責任」だから。

♪ Remember 生まれた時 誰でも言われたはず
耳をすまして思い出して 最初に聞いた welcome
Remember けれどもしも 思い出せないなら
わたしいつでもあなたに言う 生まれてくれて welcome ♪


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# by mimizu-clone | 2018-04-23 00:35 | Comments(6)
エキサイトがブログサービス(ベータ版)を始めたのは2004年2月。
2005年、「ブログ」は流行語大賞に選出されて円熟期を迎える。
僕がブログを始めたのはその翌年の2006年だが、今考えれば見事に流行に乗せられたわけだ(笑)
それから12年。役にも立たない戯言をよくもまあ・・・。

火野正平の「こころ旅」についてふれたコメントを読んでふと思った。
カミさんから「こんなの放映してるよ」と教えてもらって観始めたのは2013年。
自転車に乗り始めて1年目だった。
おもしろいねえ……と観始めて、その前の年の2012年、火野正平が東北を走ったことを知った。
火野正平にサインを求めた人が津波で家族を失ったりしていたなどというエピソードも耳にしたが、火野正平は余計なことを一切言わず、ただその地を黙々と走り続けるだけだったという。
恣意的に被害を切り取って見せるのとは違う手法に心惹かれるものがあった。

僕は常々サイレントマジョリティでありたいと思っている。
例えば国会前で声を挙げる3万人よりは、羽生君のパレードに集う12万人でありたいと。
同じ上げるなら目尻ではなく口角を上げたいと。
シュプレヒコールには耳をふさいで、でも、歌いたいと。
そのためにプチリニューアルをしたにもかかわらず、僕のブログは何も変わらない。
いや、変わらないんじゃない。変えたくないんだろう。
でも、変えていく。変わらなければならないと思う。


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# by mimizu-clone | 2018-04-17 21:15 | Comments(4)
昼間、三橋美智也の「星屑の街」を聴いた。
いや~懐かしいと思ったものの、調べてみたらこの曲、昭和37年の歌らしい。
僕は小学校にも上がってないやん。
だから僕の記憶にあるのはメロディだけで、歌詞の記憶はなかった。

♪ 両手を回して~

仕事中、考えることもなく考えていた。
「両手を回して」ってどういう意味だろう?と。
続く「揺れながら」は酔っぱらった状態で「涙の中をたった一人で」ということは悔し涙かなと。
でも「やさしかった夢にはぐれず」だから、悔しい思いはしても夢をなくしてはいないよと、そんな歌だろうと考えた。
で、最初の「両手を回して」だ。
意味わからん(笑)

最初、一緒に飲んだ仲間の腰に手を回しての意味かと思った。
だったら「涙の中をたった一人で」って辻褄合わないじゃん?
酔っぱらってるにしても両手を回しながら歩くなんてことはしないだろうし。

気になることは調べてみる。
いや、インターネットは便利だ。

同じ疑問を持つ人はたくさんいるようで、検索したらすぐに見つかった。
「星屑の街」を作詞した東条寿三郎さんの説明によれば、蒸気機関車の動輪のように身体の側面で腕を回す動作のことだそうな。
つまり汽車汽車しゅっぽしゅっぽだね。
蒸気機関車に揺られて、夜の明かりが窓から見える都会を離れて故郷に帰るときの心情を歌ったものだとNHKのクイズ番組の紹介にある。

さてそうなると「やさしかった夢にはぐれず」の部分が気になってくる。
皆さんはどう解釈しますか?

*僕が懐かしいと思ったのは三橋美智也のそれではなくて、加川良の歌う「星屑の街」を憶えていたからかもしれない。


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# by mimizu-clone | 2018-04-14 00:04 | Comments(2)
サイマルラジオでhisakoさんの番組を聴き終わったあと、「星屑の町」が流れてきた。
女性歌手が歌ってるけど、この声は誰だ?
この曲はたしか三橋美智也じゃなかったか???

「両手を回して~」と歌うそれは、混みあった安酒場から出てきた情景だろうか。
揺れながらというのはしたたか酔った状態なのだろうか。
涙の中をたったひとりで。
でも、やさしかった夢にはぐれず。

いいねえ。人間、かくあるべしと思う。

さて、仕事に行く準備をしなきゃ(笑)


なんだけど、、、もう嫌!
くっそ懐かしい曲ばかり続けてかかる!
まいるなあ、、、これ。
スイッチオフにできないじゃん・・・。


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# by mimizu-clone | 2018-04-13 10:40 | Comments(0)
hisakoさんが語りで出演されるサイマルラジオを聴いている。
金曜日10時がhisakoさんの番組ということで、聴きのがさないように今サイトに接続した。
今はたぶん、この声は大友康平だろう、ということはハウンドドッグか?
知らない曲だけど、レコードで聴くのと、スイッチを入れた時に聴こえてくるのとは違う。
これは身構えるのと不意を突かれることとの違いなんだろうな。

で、今は福島県のCMが流れている。
サイマルラジオは埼玉県の地域FMらしいので埼玉限定のニュースを流すものと思っていたら、意外や全国レベルの情報が流れるようだ。

ひさしぶりに、本当にひさしぶりにラジオを聴いた。
若い頃、特に十代の頃はラジオしか聴かなかった。
FENから流れてくる洋楽に耳をすませた。
僕は洋楽派じゃなくてニューミュージック一辺倒だったのだが、やっぱりカッコつけてたんだね。
ジャズ喫茶に通ったのもあの頃だ。
「髪と髭を伸ばしてボロを着ることは簡単だ。うじうじと吹き溜まりのスナックで、考え深そうな顔をするのも楽にできる」と歌ったのは吉田拓郎。
ラジオがファッションだった時代。

今流れてるこのギターインストは誰だろう?
曲調はアールクルーあたりか?
いやー、本当にひさしぶりだ。ラジオは楽しい。
最近は車を運転する時も無音であることが多い。
その方が自分の世界にひきこもれるからだろうと思う。
ひきこもるために社会との接点ほど邪魔なものはない。

「授業をさぼって、陽のあたる場所にいたんだよ。彼女教科書広げてる時、ホットなナンバー空にとけてった」と歌ったのは忌野清志郎。
そうだな、皆が教科書を広げてる時、僕は家出をしてさまよってた。
友達なんて全て捨ててしまって、僕はラジオを通してしか社会と接点がなかった。

サイマルラジオに接続した時(9:30過ぎ)、最初に聞こえてきたのは中村あゆみの「ともだち」だった。
秘密や悩みを打ち明けられるパートナーがほしいと歌うそれは、当時を思い出させた。
全て捨てたといきがったけれど、僕はそれを求めたのだろうと思う。
そして、三十歳をこえてようやく、僕は人生のパートナーを見つけた。
見つけることができたのは、人生という電波をキャッチするためのラジオを聞き続けたからじゃないかと思う。
求めよ、さらば与えられん。

さて、そろそろhisakoさん登場かな。
記事をUPして、聴く準備をしよう。

うわー、、、Just an old-fashioned love song がかかったよ。
懐かしいねー。
ラジオ、いいねー。


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# by mimizu-clone | 2018-04-13 10:00 | Comments(2)
プチリニューアルして二月半。
愛されるブログを目指したはずなのに、代わり映えしないなあ・・・(笑)

子どもはダイエットのためウォーキングをしている。
仕事から帰って、夕食後なので外はもう真っ暗。

帰ってきた子どもが興奮気味に言う。
「流れ星見たんよ!」
「ほうほう」
「何か言わなきゃと思ったけどとっさに思いつかなかったから『世界平和』って言っといた。世界が平和になったらわたしのおかげだからね!」

流れ星に願い事をするのは3回言わなきゃダメらしいね。
「だから短い言葉にしなきゃって思ったら世界平和しか思いつかなかった」と子どもは言う。
で、さらに続けて「時間余ったんよ。まだ流れ星見えてるんよ。だから『彼氏』って言いかけたら消えてしもた。すーっと」。

わが子ながら、良い子に育ったと思います。
例えば目的が世界平和のためであっても、口にする言葉が「安倍死ね」とかだったらもう人として終わりやん?(笑)


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# by mimizu-clone | 2018-04-13 09:14 | Comments(0)

最新のものではないけれど、上の記事が事の経緯を一番番詳しく書いているので。
最新のニュースによれば、件の老人クラブは既にHP上に謝罪文を掲載している。

老人クラブのメンバーの行動に問題がないとは言わない。
でも、その場に居合わせた乗客達は、不承不承であっても置き紙のあった席には座らなかったわけだろう?
それは私人の席取りをJRのそれと勘違いしたからかもしれない。
けれどいずれにしても、お年寄りが乗ってくるならしかたないと思ったからなんじゃないか?
それをなぜ全国ニュースにして炎上させる?
その場に居合わせた乗客達の善意ですませるわけにはいかないのか?
一人の人間の小さな声をここまで大きく報道する意図を考えてしまう。
報道のしかたを見ると中立ではなくて、「ね?こういうのっていけないでしょ?」的な、悪意にも通じるものがあるように思えてしまうのは僕だけか?

これが全国ニュースになったのはツィッターに写真をUPした人がいるからのようだ。
その人は座りたいのに座れない腹いせにつぶやいたのか、それとも単なるネタだったのか。
どっちでもいいが、そのツィートを新聞社という影響力のある媒体が取り上げなければ大事にはならなかったんじゃないかと思う。
この件は今後さらに拡大しそうな気がする。
老害を叩きたい連中がたくさん食いつきそうな、そんな気が。
今はまだ老人クラブの行動に理解を示す者が一定数いるようだが、例えばこれがYahooアンケートか何かで取り上げられたら批判票一色に変わっていくだろう。

くりかえす。
置き紙のあった席に座らなかった人達は不承不承だったかもしれない。
でも、それはその人達の善意としてすませてほしいと思えてならない。

蛇足だが、月に一度、叔母を所用で大阪に連れていく。
叔母はまともに歩けないので、用事の場所に車を横付けさせてもらう。
裏道なので交通量は多くないし道路幅も十分にあるが駐禁場所ではある。
なので、叔母の送迎の際にはフロンガラスとリアガラスに「障がい者送迎中のため、5分ほど駐車します」と書いた紙をワイパーに挟んでから車を離れるようにしている。
叔母は本当に身体障害1級だし、送迎の所要時間が「5分ほど」であることにも嘘はない。
なので法律上は駐禁に該当しないと思うが、問題は法律云々ではない。
僕が叔母を送迎中、車から離れている場面を誰かが写真にとってツィートしたら・・・。
それの反響が大きければ、新聞社が記事として取り上げるかもしれない。
そういう社会は勘弁してほしいと思う。

インターネットはとても便利だ。
特にスマホの普及がそれを最大限に利用できる環境を作り上げている。
でも便利が生み出した時間を、ワイドショー的な娯楽で消費しようとする者は少なくない。
昔なら知ることのかなわなかった遠くの出来事を、火の粉のかからない場所からやんややんやとやる外野根性。
そういう連中にインターネットは使ってほしくない。
まあ、僕も「そういう連中」に含まれるかもしれないが。
誰しも自分のことは見えてないものだから。


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# by mimizu-clone | 2018-04-12 13:18 | Comments(2)


論点はちょっとずれてると思うけど、意見には妙に共感してしまう。
特にこの二箇所。
今、大声で怒ってる人たちの大半は普段、相撲を見ない人だろう。相撲の歴史も、どうやって相撲文化を人々が育んできたかも、何も知ろうともしないで(ファクト・チェックはどうなってるんですか?)、ただただ、この「女性は土俵に上がれない」という事象のみを取り上げ、「差別だ!」と怒りの鉄拳を振り上げ、廃止させようとしている。

「相撲なんてなくなれ!」「相撲なんてもう見ない!」「相撲ファンは頭おかしい!」と今回も極端な言葉がツイッター上に見受けられたが、そうした中でもコツコツ日々厳しい稽古に励む若者たちがいること、忘れてほしくない。

多くの人が感情的になって「問題だ!」叫んでいることに対して、穿った視点から「言うほど問題か?」と疑問を投げかける論調は僕のそれもちょっと似ている気がする。
矮小化のために詭弁に近い喩えを用いるあたりが特に(笑)
くりかえすが、この人のコラムは論点がずれていると思う。
けれども、大切なところはきちんと押さえているんじゃないかなあ。
ものが相撲だけに、うっちゃり的な・・・(笑)


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# by mimizu-clone | 2018-04-10 20:21 | Comments(4)
「週にいっぺんごはんの支度して」とカミさん。
「嫌だ」と僕。
「前はしてくれとったでー!」とカミさん。
「それはフルタイムで仕事してない時で後ろめたかったからよ」と僕。

週にいっぺんか。
たしかに、3年がんばってくれてるもんな。
負担になってきてるのかな。

しゃーないなー、もぉ!
でも、昨日退院したばかりの人間に言うか?


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# by mimizu-clone | 2018-04-07 21:55 | Comments(2)